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文芸春秋社「マルコポーロ」廃刊に思う出版社は人種問題に最大限の配慮を: (読売, March 17, 1995)                    

文芸春秋社の月刊誌「マルコポーロ」が2月号で廃刊になった。「戦後世界史最大のタブー、ナチ、ガス室はなかった」と題する記事に対し、ユダヤ系最大の人権擁護団体、「サイモン・ウィゼンソール・センター」が在米の日本大使館や在日イスラエル大使館を通して強い抗議を申しいれた他、同センターに広告の出稿中止を要請されたドイツのフォルクスワーゲン社や三菱自動車などの大手企業があいついで広告差止めを決めたことなどが廃刊に至る直接の原因だったようだ。廃刊に伴い記事を掲載した2月号は回収、編集長は解任され、その2週間後には文芸春秋社の社長も責任をとって辞任したという。

こうした一連の記事を新聞で読みながら、私は、1987年ごろ、ニューヨーク・タイムに掲載された「ユダヤ批判の本が日本でベストセラーに」という記事が、ユダヤ系アメリカ人の間で大きな問題となり、米議会の議員が中曽根首相あてに書簡を送ったりしたことを思い出し、またぞろと悲しくなった。当時も、宇野正美氏などがいくつかの著書の中で、「ナチのガス室は、ユダヤ人がアメリカ政府からイスラエルへの援助を引き出すためにでっちあげた作りごと」などと主張、こうした本が著名な出版社から出されただけでなく、よく売れているとして紹介されたために、その背景に日本人の偏見があるからではないかとこちらで話題になったからである。

「ガス室はなかった」という説は、しかしながら、決して宇野氏等、日本人が初めて唱え始めたものではない。デボラ・リプスタッド著「ホロコーストを否定する人たち」(FREE PRESS,1993)によれば、何千、何万という生存者の証言があり、あらゆる物的証拠が残されているにかかわらず、アメリカでヨーロッパでホロコーストはなかったと主張する人は戦後まもなくから今日に至るまであとをたたず、最近では増える傾向にさえあるのだと、リプスタッド氏はその書の中で述べている。リビジョニストと呼ばれるそうした人たちの本や記事は、一流の出版社や良識ある読者には決して相手にされる類いのものではないが、それでも出回っている出版物の数は決して少なくないのだという。偏見の犠牲となって殺戮されたユダヤ人たちは、死後は歴史の事実さえを否定する人たちによって再び偏見の犠牲になっているのである。

ホロコースト・ミュージアムが各地に作られたり、「シンドラーのリスト」のような映画が作られるなど、ホロコーストの記憶を風化させないための動きが昨今特に強くなっているのは、こうしたリビジョニストたちに歴史を歪曲させないためもあるのだという。ドイツで昨年5月に設立された「ナチズム支配下で行われた民族虐殺を否定したり、故意に過少評価したものは三年以下の禁固、または罰金刑に処す」という刑法も、その設立の背景とリビジョニストの動きは無関係ではないようだ。 

国立病院勤務の神経内科医であるという西岡昌紀氏は、「6年前に英文でホロコーストはなかったという記事を読んで以来、欧米での各種の文献を読み漁った。その結果、アウシュビッツにも他のどの収容所にも処刑用ガス室など存在しなかったことを確信するに至った。今欧米ではホロコーストは作り話だったという説が野火のように広がりはじめているのに、日本の新聞やテレビはそのことを報道せず、結果的に日本人の目から隠している」として、「自説」をすすめているが、その内容は、前述したアメリカやヨーロッパのリビジョニストたちの亜流記事で偏見と虚偽に満ちたものである。氏は恐らく、リビジョニストたちの記事や本を読み漁っただけで、実際に現場を見たこともなければ、関係者に、インタービューをして「欧米で野火のように広っがっている説」の信憑性を確かめようとしたことすらなかったのではないかと思う。ホロコーストを否定しながら、最後は「この記事をアウシュビッツその他の地で露と消えたユダヤ人の霊前に捧げたい」と結ぶなど、その無神経さも徹底したものだった。

こうした記事が、またしても「良識ある」出版社から堂々と出されたことは、そのことによって国内、在外を問わず日本人全体の偏見が疑われかねないという数年前の教訓が全くいかされていなかったようで残念である。その意味で、文書や口頭で抗議をする他に、大企業に広告を取り止めるよう要請することで当の出版社だけでなく、日本全体に事の重大さを訴えたサイモン・ウィゼンソール・センターの今回の行動は注目に値するものだったと私は思う。ユダヤ人のなめた苦しみを再び誰にも繰り返させないために、偏見のもたらす悲惨さを訴え続けている同センターのメッセージは、人種を問わず、誰もが謙虚にうけとめるべきものであり、今回の廃刊事件をきっかけとして、人種差別や偏見につながる問題に対しては、特にマスコミや編集関係者には最大限の配慮をされるよう切望してやまない。  
     

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