教育の現場から: 米国に上陸した日本の教育事情( 3)OCS:1992年4月17日

日本人児童生徒のために現地校センターの設置を・・・「現地校の日本人子弟教育」会議に出席して        

私は本誌88年12月6日号、90年11月16日、30日号で日本人集中学区の日本人児童生徒の現状とそれに対して現地校が抱えている様々な問題点について報告した。その際それぞれ送り出す側に早急に考察していただきたいこととして学校関係者の声も含めて幾つかの提案をさせていただいたのだが、現場で見る限りいまだに顕著な変化のみられないまま今日に至っている。そこで今回は、最近ニューヨーク周辺の日本人集中学区の教育関係者が集まり、「現地校の日本人子弟教育」というテーマで行った会議の模様などをもとに、日本側からのそうした変化のない子供たちの送り出し方がその後現地校のありかたにどのようなインパクトを与えているかについて述べてみたい。

 1.「現地校の日本人子弟教育」会議

この会議は、さる1月21日スカースデール教師会と教育委員会の主催によってウエストチェスター地区のマンハッタンビル カレッジで行われたものである。急増する日本人子弟に各学校がどのように対処しているかを話し合うことを目的としたもので、この種の呼び掛けとしてはじめての試みという。会議にはウエストチェスター、ニュージャージー、コネティカットの日本人集中学区の公立学校関係者、コロンビア大学の日本研究グループなど約80名が出席した。話し合いは午前と午後に分かれ、それぞれ主催者側の挨拶のあと出席者が教育委員会関係者、クラスルーム担任、ESL教師といった小グループに分かれ意見を交換し、その後また全員が一堂に会して各テーブルで話し合われた内容について報告しあった。その結果現地校が現在日本人子弟の教育にあたって最も困難を感じていることとして議論が集中した点は次のようなことだった。

1.まず、日本人生徒が固まってアメリカ人との交流が少ないこと。この傾向は高学年になるに従って顕著となるが、これに対して日本人どうしでいることが精神的な支えでもあるらしいことを考えると、休み時間などにアメリカ人生徒と強いて交流させることを躊躇してしまうという声も教師の中から少なからずあった。大人でも言語、文化背景を同じくする人とつきあう方が楽だし、これだけ日本人が多ければお互い同士で固まるのは当然であってその状態を変えようとするのは不自然ではなかろうかという意見だった。しかし、アメリカの学校の健全なありかたからすればひとつのグループが目立つほど固まってしまうことは他の子供たちのためにも決して放置されるべきことではなく、交流の指導には苦慮しているという意見が多勢を占めた。

2.次に、現行の日本人生徒の増加の様子をある教育委員長は数年前までの「第一の波」に対する「第二の波」という言葉であらわしておられたが、かってのように限られた数だけではなく、あらゆる職種の人材が大挙して海外へ送り出されるようになった結果、「第二の波」にみられる特徴は、絶対数の増加に加え学習に問題のある生徒も並行して増えていることであるという。それは日本語を使う時間が多いために英語の習得がかっての子供たちに比べて時間がかかるという一般的な傾向とは別なもので、1、2年過ぎてもほとんど授業についていけない子供たちが目立ちはじめているというものである。アメリカ人の中にも普通授業に加えて補習を必要とする子供たちは少なくはなく、特殊教育などを含めてそれぞれのニーズに応じたプログラムが各学校や地方自治体で用意されているが、日本人生徒にもそうした特別プログラムが必要ではないかと思われるケースが増えているのだという。ただ授業についていけないのが英語習得の遅れだけに原因があるのか母国語を含めた学習能力そのものに問題があるのかを見分けるのが難しいため、そうした日本人の子供たちの適切な指導には苦慮が強いられるようだ。ケースによっては父兄の承諾を得た上で専門家の査定をうけさせることもあるが、そこまでの必要が認められない場合でも、アメリカの学校で一定期間の教育をうけながら英語が十分身につかない子供たち、しかも数年で日本語の世界に帰ってしまうそうした子供たちをアメリカの学校がどう教育していくかは現在現地校で大きな課題となっているという。

3.続いて、日本人生徒やその文化背景を理解させるために教師を対象とした研修会やオリエンテーション、専門家への講 演依頼、前述したような英語習得の特に遅い子供たちへの特別プログラムなどの必要性に対して予算をいかにして捻出するかという問題が議論の中心となった。ESLなどの基本的なプログラムに対してすら数年で帰国する子供たちのためになぜ地区財源でそれを賄わなければならないのかとする声が決して少なくはない中で、例え学校が日本人のために前述のような特別プログラムを計画したとしても地区住民にそれを納得させることは容易でなく、その必要性を無理押しすれば、日本人に対する反感を招きかねないというものだった。

今回スカースデール学区が主催した会議は、一米企業の教育基金を得て実践が可能となったものである。この基金はここ数年「日本人のための特別プログラ ム」として教師ためののセミナーとか生徒のための様々なプログラムに使われているが、(これについては前回、日本人生徒の教育に真摯に取り組んでいる現地校の一例としてスカースデール学区をS学区として紹介した際にその詳細を述べさせていただいた)出席者の話からこうした形の財源確保は例外のようであった。多くの学区では地区住民に特別予算の必要性を納得させることの困難さに加え、最近では州教育予算の削減もあってアイデアがありながら実践できないという現実が悩みになっているのだという。これに対しては、このままではアメリカの学校のありかたそのものに大きな影響を与えることになりかねないので、今後は日本政府や企業に現状をよく理解してもらうことでその対策を一緒に考えていくべきではないかとする意見が多かった。

4.日本人生徒が9月の新学期ではなくアメリカの学校が終わりに近い3月、4月に入学してくるという事実も多くの学校をその指導の難しさに悩ませているが、これに対してはある学区で父兄から幾つかの日本企業にその旨を伝えてもらった結果、ここ1、2年9月に入学して来る新入生が増えたとの報告があり、ここでも企業からの協力がいかに重要であるかが再び話題となった。父兄の個々の努力は認めるが、それ以上に送りだす側の理解が不可欠であるとする声も多かった。

 2.桜内発言

今回の会議であらためて浮き彫りにされたのは日本人集中学区の問題が決して特定区に限ったものではないということだった。その絶対数もさることながら、一定していない編入時期、言葉を含めて何の予備知識も与えられないで入って来る子供たち、塾通いなどで放課後も忙しくアメリカ人との交流が疎遠になりがちな子供たちの指導などの他、最近では英語習得の遅い子供たちをいかに教育するかという課題も加わって、現地校は程度の差こそあれどの学区もその対処に苦慮しているというのが共通した実情のようだ。しかしその実情がなかなか日本まで伝わらないらしいことは最近の桜内衆院議長発言にも明らかに見られるように思う。桜内議長は、「米労働者は働かなさすぎる、米国人労働者の3割くらいは文盲だ」と米国労働者の文盲率について云々されたが、日本の子供たちは、はじめて現地校にやってくる時、一時的とはいえ文盲どころか、言いたいことも、言われていることもほとんど何も分からない状態で入ってくるのである。そうした子供たちを送り出す国の政府高官が受け入れ側に対してその国の文盲率など口にすべきことだろうか。例えその発言がアメリカ人の大人を対象としたもので、その時の議長にはアメリカで教育を受けている日本人の子供たちのことは頭になかったにしても、国の指導層という本人の立場を考えればいずれにせよ僣越で感受性を欠いた発言だったと思わざるを得ない。中曽根元首相もかって「アメリカには黒人やプエルトリカンなどがいて教育程度が劣る」と言う発言をされたことがあり、これに対して私は知り合いのアメリカ人から「自分たちの子供はどんどんアメリカに送り出しておいて、アメリカの教育程度などよく云々できるものです。アメリカの教育程度が劣ると言うのなら、そんな所へ子供たちをいれたりしないで自分たちの学校をたくさん作ればよいではありませんか」という抗議をうけたことがあった。こうした政治家の不用意な発言は、日本を間違ってアメリカに伝えるだけでなく、日本人生徒の指導に尽力しているアメリカ人教育者や草の根レベルで日本人に手をさしのべている地区住民の神経を逆撫でするものでもあることを当人たちによくよく理解いただきたいものである。

3.再び現場からの提言

 さて、日本人生徒の様々なニーズに対処を強いられている現地校に対して、私は以前にも日本側の関与が不可欠であることを訴 えたが、今回の会議はその思いをより一層深くさせるものだった。前述したように、スカースデール学区は地区予算で補えない部分を米企業に基金を申請し、その基金で日本人のための特別プログラムを施行したり今回のような会議の費用にあてているが、用途の明確さを考えればこうした予算に対する援助は日本企業によって賄われるべきものではないかと思う。その方法としては、以前にも触れたように、企業基金で「現地校センター」とでも呼ばれる機関を設置し、そこで各学区からの要請に応じて教師のためのセミナーや講演の専門家、通訳などを派遣したり、日本文化や教育に関する教材を提供、必要であればESLプログラムやその他学区がとりいれたいとする特別プログラムなどに対して資金を援助することなどが考えられる。こうした「センター」の存在を各学区に知らしめることにより、学区がいつでも「センター」を利用できるようにすることも不可欠である。ここでの業務にはその他に、各学区の日本人父兄の要請に応じて新しく入って来る人達のために、アメリカ生活や教育制度などに対する適切なオリエンテーションを施行することなども含まれると思う。

次に、私は初等部からの全日制日本人学校の必要性を以前から日本の新聞への投稿などで訴えてきたが、これについては本誌2月24日号の「是非日本人学校を設立したい理由」と題した関係諸氏の座談会の中でその具体的な計画が明らかにされた。このことは、多様化された子供たちのニーズに適切に対処するためにも、子供たちの教育を現地校だけに任せているのでないという国や企業の姿勢を 示すためにも喜ばしいことと思う。ただ関係者のご尽力を思い計ってしてもなお、企業からの資金集めの難しさから計画通りの実施には時間がかかるという点には釈然としない思いにさせられた。義務教育期間中の子供たちに対する国の責任を考えれば、政府はそれに対してもっと予算を増やすべきではないかと思われるからである。成長の早い子供たちにとっての一年一年の大切さを思えば、現状が政府にももっとよく理解されることを切に願わずにはいられない。座談会の中ではまた、なぜ全日制日本人学校が日本企業全体の負担で経営される必要があるかについて、今回新設されるグリニッチ校には日米文化交流館が設置され、そこで地域の文化交流をはかるためとされている。そこには日本の歴史や文化、アメリカの地理や歴史を紹介する部屋が作られ、文化交流のためのスペースなども設置されるとのことだが、今現地校が求めている前述したような「センター」の存在は、こうした設備を利用することでも早急に可能となるのではなかろうか。

 「現地校の日本人子弟教育」会議は、今後もお互いの意見を交換しあって日本人生徒のよりよい教育に尽くしたいということでしめくくられたが、こうしたアメリカの学校の姿勢には日本側のありかたをあらためて深く考えさせるものがあったように思う。

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