教育の現場から: 米国に上陸した日本の教育事情(4) (OCS 1992年7月24日)
現地校PTAで活躍する日本人母親たち
ウェストチェスター郡スカースデールはここ数年駐在員家族の多い所として日本の新聞や雑誌などでしばしば取り上げられ ていたが、昨年四月「ニューヨーク マガジン」という米週刊誌が「ザ ジャパナイング スカースデール」という記事を特集して以来、日米摩擦が草の根レベルで表面化した地域としても知られるようになった一面があるようだ。その後他の学校区の日本人から、「うちの学区はまだスカースデールほど問題になっていません」、とか「スカースデールのようになる前に何とかしなくてはと思っています」などと言う言葉を耳にするようになった。「ニューヨーク マガジン」の記事そのものは、ネガティブな部分がセンセーショナルに拡大されたものとして日米双方の地区住民から大きな反発を呼んだもので、私もその公平さを欠いた報道には編集者あての手紙で反論したが、日本人からの前述のような反応に接するたびにメディアによって作り上げられるイメージにあらためて驚きを感じ得ない。そこで今回は、その地味な活動がニュース性に欠けるためかセンセーショナルな報道の影に見落とされてしまいがちな日米双方の努力をスカースデールの1小学校に例をとって紹介し、日本人の母親たちの積極的な活躍が学校や地域に及ぼしている影響について報告させていただくことにした。
1.一小学校にみる日本人母親の活躍
スカースデール地区は郵便局管轄下でいえばエッジモンド学区全部とイーストチェスター学区の一部が含まれるが、一般にスカースデールという場合は5つの小学校とそれぞれに一つの中、高校から成るスカースデール学区をさす。学区には日本人が全校の約20%を占める小学校が2校あり、これから紹介するフォックスメドー小学校はそのうちのひとつ。家族数は年間平均してほぼ45世帯前後といったところだが、この学校の特色は日本人世帯数の半数近く、20数名の母親がPTAの役員として活躍していることだろう。自らも役員の一人であり、数年来他の人たちと一緒に日本人の積極的な参加を推進している増永洋子さんは、その様子を次のように語っている。
「アメリカのPTAには学校の運営を補佐するものや、カリキュラムを補足するもの、昼食会や資金集めの行事を運営するものなどいろいろな仕事があって、やる気さえあれば誰にでも出来る仕事がたくさんあります。日本人のお母様方は学校の事情がよく分からないことや言葉に自信がないという理由から最初は参加を躊躇される方が多いのですが、仕事の内容や『自分に出来ることを無理のない範囲で』というこの学校のPTAの方針を説明しますと、もともと子供のために何かをしたいと希望しておられるたような方々は新しくおいでになったばかりの方でも『それでは』ということで自分から仕事を選ばれことが多くなりました。」
しかし、こうしたフォクスメドー小の積極的な日本人の参加もずっと以前から続いていたという訳ではない。この学校は5年ほど前から目立って日本人が増え出した所だが、それ以前にもPTA役員は英語の流暢な人がやるものだという不文律のようなものが日本人の中にあり、役員経験者の説得にかかわらずその数も職種も限られたものにすぎなかった。それが現在のように英語にまったく自信のない人たちでも率先して参加するようになったのは校長先生からの一言がきっかけだったと増永さんはいう。
「私の長女は3年前にキンダーガーデンに入ったのですが、その年は新しく入った日本人の子供が特に多かったものですから、他のお母様方と相談しあって親として何かお手伝い出来ることはないかと校長のドクター マキャンにお話をうかがいに行ったのです。」 その時ドクター マキャンは増永さんたちに対して、「子供たちはどの子も同じように学校の立派な一員です。日本人が多いからといってそれはみなさんの責任ではありませんし、学校はどの様な子供であれ個々のニーズに応じた指導をしますからどうぞそのことについて心配はなさらないで下さい。ただ、もし日本人のお母様が本当にお子様の為に何かをしたいと希望されるのであれば、クラスマザーを通じて担当教師にその旨を話してみるとか、PTAへ参加してその仕事を通して学校を助けていただけないでしょうか。お母様たちが一人の母親としてPTAに関与されることでどんどん学校にいらしていただけるとしたら、私どもにとってこれ程の喜びはありません」とPTAの一員としての母親たちの積極的な学校への関与を奨励されたのだった。
そこで増永さんたちは既に役員をつとめていた何人かの日本人母親に相談し、なるべく多くの日本人が個人的にPTAに参加するにはどうしたらよいかについてPTA会長との話し合いをもった。その結果学校新聞の印刷とか資金集めのためのブックセールとか言葉をそれほど必要としない仕事が少なくないことが分かり、そのことを早速校長先生からの要請と併せてフォックスメドー小の全ての日本人母親に伝えた所、驚くほど積極的な反応があったのだという。
その時外国人の世話やインタナショナル的行事を主催するインターナシナル・コミッティの仕事を引き受けることにした城戸ますみさんは、 「私も英語にはあまり自信がなかったのですが、3人の子供を現地校に通わせる母親として常々何かはしたいと思っていましたので、要請いただいたことを機会にやらさせていただくことにしたんです。最初は心細い思いで一杯でしたがアメリカ人のパートナには手とり足とりで色々教えていただけるし、学校のことはよく分かるようになるし、子供たちの担任の先生にお会いする機会は増えるしで、引き受けて本当に良かったと思っています。外国人である私たちにこんなに充実した思いを与えて下さる学校には感謝の思いが尽きません。」と、その経験を語っている。彼女は今年はスプリングランチオン(春期昼食会準備委員会)の一役員として活躍中だ。
増永さんの後を受けて今年インターナショナル・コミッティをつとめ、来年度は子供たちを通して協会やホームレス団体へなどへの寄付を集めたりするコミュニティ ・サービスの役員として活動の予定である大塚菜穂子さんも、PTAに関しては城戸さんとほぼ同意見だ。
「私は2年前にこちらにやって参りましたが、最初の一年はクラスマザーのお手伝いなどをして2年目で役員を引き受けさせていただきました。校長先生や担任の先生方が本当に好意的なものですから、親も喜んで何かをしたいという気持ちにさせられるんですね。それと私がこの学校を特にすばらしいと思うのは、日本人が多いから日本人として何かをやらなければならないというのではなく、一人の親として自分に出来る範囲での自然な参加が奨励されていることです。」
2.アメリカ側の努力
こうした日本人の積極的な学校への参加は校長であるドクター・マキャンの人柄とその指導性による所も多いが、彼女は 教師に対しても日本人生徒をよく理解させるためにいろいろな方法を学校に取り入れている。そのひとつは「日本研究」と呼ばれる教師のための勉強会だ。この会では日本の教育に造詣の深いボストン大学のメリー ・ホワイト準教授に定期的に講演をうけたり、ビデオや各種の教材による共同学習が行われた。勉強会には私も一職員として参加し、日本語を教えたり、日本文化について意見を述べたりした。こうした教師たちの日本理解への熱意は前述の大塚さんの話しのように子供たちに対してだけではなく親への対応の暖かさにもつながり、その反応として親もまた学校に何かをしたいという思いを強く抱かせるものとなったようだ。ドクター マキャンは今年度をもって17年間にわたるフォックメドー小の校長生活を終えられるが、日本人の母親が心からの感謝を込めて催した送別会で、目を潤ませながら、 「日本人の子供たちから、そしてご父兄の皆様から私は何と多くのことを学ばさせていただいたことでしょう。みなさまの友情を私は生涯忘れません。」と挨拶された。
「日本人のお母様方のボランティア精神は実にすばらしいです。」と語るのはフォクスメドー小で2年間PTA会長として日本人に手をさしのべてきたペギー ・ジョンソンさんだ。
「まず私は日本人のお母様に何かをお願いして断られたことなど一度もありません。それどころか何かの行事の際でも一人のお母様に頼むとあっという間に何人かの方が助太刀に駆けつけるという具合でその組織力にはいつもながら驚かされてしまいます。」
ジョンソンさんによれば、日本人の母親が活躍していないアメリカの学校のPTAは彼女たちにやる気がないのではなくて、そのボランティア スピリット、組織力のすばらしさにアメリカ側が気づいていないからだという。
「フォックスメドー小でも以前は言葉の壁などもあって確かに難しい面もあったようですが、幸い積極的なお母様方の努力でPTA活動に言葉は必ずしも重要ではないことを理解いただいてから多くの人にすすんで仕事を引き受けていただくようになって本当に助かっています。」
ジョンソンさんはこうした日本人の母親たちの努力が非常な好感をもってアメリカ社会に受け入れられていることを述べ、他の地区の人たちも若しアメリカ側からの呼び掛けがなかったらこちらからPTAの一員として積極的に参加するべきだであると力説する。日本人の母親がいかにPTAでなくてはならない存在となり得るかをアメリカ側ににもっとよく理解させるべきであると言う訳だ。
「フォックスメドー小では昨年から執行部にも日本人に入っていただいていますが、日本人の母親をPTAの戦力に加えないなんて全くの損失だと私は思いますね。」
上述した例は一つの学校にすぎないが、スカースデール学区全体からみてもPTA役員として活躍している母親は少なくない。役員としてではなくてもボランティアとして活動している人は数えきれないくらいだ。そしてこうした現状はおそらく他の学区でも希ではないように思う。日本人の一定学区集中が至る所でいろいろな弊害として語られる半面、それが実際学校で大きな問題とされないのは子供たちの適応への健気な努力もさることながら、母親の姿勢に対する学校側の認識も大きな要素になっているのではないかと思われるからだ。そうした学校内の日本人母親たちの努力はその地味な性格から外部には分りにくいのかも知れないが、草の根レベルでの交流という観点からすれば、彼女たちの果たしている意義は大きい。特にPTAの一員として学校の重要な要素 になっているフォックスメドー小の日本人母親たちのような例はセンセーショナルなニュースの影で見落とされてはならず、正しく評価されるべきものであると私は思う。そして、こうした母親たちの交流への努力は父親や企業の積極的な関与があってこそよりいかされるものであろう。 。