Scarsdale
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ホロコーストを生き延びたあるユダヤ人の女の子:「死のかくれんぼう」    2006年10月

「週間ニューヨーク生活」の記事このほど、友人でホロコーストの生存者だったテレサ・カーン・トーバさんの本「hide and seek」を翻訳しました。ポーランドで生まれたテレサさんがユダヤ人だったため、子供時代のほとんどを素性を明かせないままナチスから隠れ続けホロコーストを生き延びた物語です。(写真は「週刊ニューヨーク生活」での新刊書紹介)


「はじめに」より
お名前は何とおっしゃるんですか?」先日始めて会った人にこう聞かれ私は一瞬考え込んだ。「別に落とし穴のあるような質問じゃありませんよ。」と言って男性は笑い、私も気が変だと思われないように一緒になって笑った。でもこの質問が私にとって人生を落とし穴にいれてしまうような意味をもっていた一時期があるのだ。それはずっと後になってからも私の気持ちをかき乱し自分を取り戻すのに深呼吸を必要としたことが再三あった。

お名前は?出身地は?宗教は?ご両親は?お幾つ?三才の子供でさえ返事ができるようなこうした簡単な質問が子供の頃の私には生死にかかわる複雑な暗号でもあった。自分を証明するものがしょちゅう変わったからである。私は一瞬の知らせで新しい名前や年齢、宗教、家族の名前などを身につけることができた。今の自分から次の自分にすばやく変わることは私にとってホロコーストから隠れて生きのびるための手段だった。

子供の頃の私にいつも確実だったことは自分が隠れていることだった。クローゼットの後、屋根裏、地下室、修道院に隠れた。私の好きなマリシアや尼僧たち、公爵夫人、それから農家の人たちや見知らぬ人たちと隠れた。ナチスやポーランド人から、時にはユダヤ人からさえ、そして爆撃から隠れた。自分を隠し、信仰、感情を隠し、沈黙した魂の中で私はいつも自分が誰であるかを探していた。

「あとがき」より
私はテレサさんとは五年前サラ・ローレンス大学の修士課程でライティングの勉強をしているときに知り合いました。たまたま同じクラスだったことや、20代,30代の学生が多かった中でお互いの年齢が近かったこと(彼女の方がお姉さんでしたが)、彼女の気さくな人柄などもあってすぐに親しくなったのでした。児童心理学者としてコネティカット州で三十五年、ナバホ・インディアンの特別保留区で五年働き、退職したあと学校へ戻ったというテレサさんに「博士号まであるあなたが今さらなぜ修士の勉強を」と聞くと、彼女は「子供としてホロコーストを生きのびた自分には虐待や精神的な悩みから子供を救う義務があると思って児童心理学者になった。でも退職した今作家になりたかった若い頃からの夢を実現させたいから」と答えました。コーネル大学の学生だった頃、ウラジミール・ナバコフの講義をうけたことがあり、それ以来密かに作家にあこがれていたとも言っていました。

テレサさんは「hide and seek」を出版したあともナバホ・インデアン特別保留区の子供たちについて精力的にクラスで作品を発表していました。児童心理学者としての仕事を退職したあとは書くことで自分に課した義務を果たそうとしていたようです。彼女の作品からはどれも虐待や貧困にあえぐ子供たちの声にならない切ない叫びが聞こえてくるようで心をうたれたものです。彼女はそれらもいずれ一冊の本にまとめたいといっていましたが、不幸にもその願いは叶えられませんでした。乳がんの再発で卒業を待たずに他界してしてしまったからです。具合が悪くなってクラスにこられないという連絡を受けてから亡くなるまでにその日数があまりにも短かったので私には今もって彼女の死が信じられない思いです。600万以上の人たちが死んでしまったホロコーストを生きのびた人が、そしてあれほどの情熱で日のあたらない子供たちのことを書き続けた人がそんなに簡単にいなくなっていいのかという思いは今も私の中で疼いています。

「死のかくれんぼう」の日本語への翻訳は生前のテレサさんとの約束でした。彼女が隠れ続けて生きなければならなかった子供の痛みを多くの人に分かってもらいたいと願ったようにわたしも日本の人に統計ではなく、生身の人、特に子供の目を通したホロコーストを知ってもらいたいと思ったからでした。

ホロコーストでナチスに殺戮された600万人のユダヤ人のうち、その4分の1にあたる150万人は子供だったといわれています。テレサさんとその両親は様々な要素のかさなりでいつも危機一髪のところで死を逃れていますが、殺された150万人の子供たちはすべてテレサさんと同じように些細なことに一喜一憂して生活をしていた普通の子供たちでした。大人もそうですが、子供たちにはもちろん殺されなければならない理由など何もありませんでした。テレサさんが幼い子供の目を通して訴えたかった人種偏見のもたらす恐ろしさが多くの人に理解いただけることを願わないではいられません。

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