Scarsdale
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日本人の反ユダヤ思想について考える:
マービン・トケイヤー師の講演に参加して OCS, March 18, 1988 

イメージ:コーフィー先日、スカースデール・シナゴーグで、ユダヤ教ラビであり、日本に関する著書も多いマービン・トケイヤー師の講演があった。内容は、@シルクロードとユダヤ人、A日本人の祖先とユダヤ人の関係、B第二次大戦中に日本で 計画されていたユダヤ人救済計画/フグ・プラン、等についての3日にわたるシリーズで、そのどれもが日本に関係のある話でおもしろかった。特に、ユダヤ十二支族中の失われた謎の十族の一部がシルクロードを経て日本へ定着し、日本人の起源となったのではないかとする説(日猶同祖論-日本では佐伯好郎著『景教の研究』がある)は、確証は不可能としても、日本人とユダヤ人の習慣や儀式などの様々な類似点の指摘によって興味尽きないものがあった。内容の詳細については、トケイヤー師の著書、『ユダヤと日本ー謎の古代史』、『ユダヤ知恵の宝石箱』、『FUGU PLAN』などにも記されているので興味があればお読みいただくとして、ここではそれぞれの講演の後、聴衆から毎回必ず出された日本人の反ユダヤ思想に関する質問について非常に考えさせられるところがあったので、長くこの地に住む者としてこの問題で最近痛切に感じていることを含めて述べてみたい。

日本人は反ユダヤ主義者か

質問の主旨は、「ニューヨーク・タイムズなどが大きく取り上げて 問題となった日本の反ユダヤの本についてラビはどう見ているか、これらの本の広い売れ行きと日本人の反ユダヤ思想の関連性についてどう思うか」といったものであったが、同じ質問が繰り返し出されたことや質問者の話しぶりなどから、このことがいかにユダヤ系アメリカ人を憂慮させ、危惧させ、それが日本人に対する警戒心となっているかを強く感じさせられた。これに対するトケイヤー師の応えは次のようなものであった。

「ニューヨーク・タイムズの記事に載った『ユダヤが解ると世界が見えてくる』など の本は.いずれも「大恐慌はユダヤが起こした」 「日本叩きは国際ユダヤ資本の演出」「ロッキード事件はユダヤが仕継んだ」など実際に有り得ない事実への非難を売り物にしたものである。また、例えば、ロックフェラー財閥がユダヤ 最大の財閥でアメリカがユダヤ裏国家に支配されているというような出鱈目を、ユダヤ陰謀説の確証として堂々と主張するという、アメリカの一流出版社は決して相手にしない類の本でもある。このようなある意図の下に信じがたいほどに虚偽で固められた本がノン・フィクションとして広く出回っている事実は、国際的にみても有識ある国として恥ずかしいことであり、一方で非常に危険であると思うのでその旨を日本に長く暮らし日米両国を理解しているラビとしての立場から日本政府に伝えた。(米議会の二人の議員が連名で中曽根首相宛てに手紙を送ったことは、そのまえに日米各紙でも報道されていた。) 

しかし、日本におけるこうした風潮と、宗教の違いを基盤とする西欧の反ユダヤ思想とは必ずしも結び付けては考えられない。日本人全体についていえば、大部分がユダヤ人に出会ったことも話したこともなく実際のユダヤ人についてほとんど何も知らない場合が多い。とはいえ、現実に反ユダヤ的な本が非常に広く出回っているという事実はこれまた日本の実惰を知らないユダヤ人にすれば、このことを日本人の持つ反ユダヤ思想の反映と考えるのもやむを得ない一面があリ、反ユダヤ本が売れるという風潮はそうした 憂うべき問題を生み出している。」

この問題は、アメリカを遠く離れた日本に幕らしている場合ならともかく、ユダヤ系アメリカ人に同僚の多いニューヨークのような所、持に、向こう三軒両隣がユダヤ人であるような郊外の住宅街に住む者にとっては対岸の火事では済まされない。もちろん、人種のるつぼといわれるアメリカに住む以上すべての人に感受性を持って接することは当然であるが、肌の色や言葉の違いなどで歴然としている場合と違って、外見からはまったく他のアメリカ人と区別のつかないユダヤ人に対しては(黒装束でを固めている超正統派の人達は別として)、相手がユダヤ系であることすら気づかずに、しかも白分ではまったくそれを意識しないで、すでに彼等が抱いている危惧や、警戒の念を強めるような言動をしていないともかぎらない。お互いの誤解で隣人関係をぎくしゃくとさせないためにも、日本人自身を正しく理解してもらうためにも、反ユダヤの本が日本でベストセラーとなり得る背景といったものや、ユダヤ系アメリ力人に対して無意識のうちに抱いているかも知れない偏見について、一度考えてみる必要があるのではなかろうかと切に思う。

日本人のユダヤ人観

日本人が持っているユダヤ人像といえば、 一般的に言って講演会でユダヤ人が危惧していたほどひどくないと私は思う。それよりむしろトケイヤー師も指摘されているようにユダヤ教、ユダヤ人についてほとんど知らない人の方が多いのではなかろうか。ただ一部に「嫌われた人種」としてのイメージ が広く浸透している面があることは確かのようで、それはこちらで時々耳にする「ジューイチ」という言葉にも顕著に現れている。「ジューイチ」というのは嫌われているジュー(ユダヤ人)に、プラスして嫌われている民族として日本人が自称する言葉であるという。ジューよりは少しはましという意味でジュー・マイナス・イチのナインと呼ぶ人もいるとか。

ユダヤ人がけちで強欲という逸話については枚挙にいとまがないほど。シエークスピアによって描かれた『ベニスの商入』のシャイロックは守銭奴のユダヤ人代表として、未だに堂々と闊歩している感がある。そして驚いたことにそれは本当に信じられているらしくニューヨークにいると、「あの人はユダヤ人だって、どおりで……」、とか「ユダヤ入は本当にけちで云々……」といった言葉を何気ないと言う感じで日本人から耳にすることも少なくない。ただこの点に関して言えば必ずしも日本人だけを責められないところもある。「Jew」と言う言葉で英話辞書を引くと「ユダヤ人、ヘブライ人、ユダヤ教信者の他に「俗」として高利貸し、けちで強欲な人、守銭奴、動詞では「騙す、ごまかす、抜け目なく取り引きする」、形容詞では「ユダヤ人のような」として侮蔑的に使われるとあり、(Websterなどの英英辞書、英和辞書の中には同じ説明に反セミティズムの観点から、と注釈がついているのもある)西洋社会のユダヤ人に対する偏見はいまだにこんな形でも残っているからである。

ユダヤ人が優秀で、教育に熱心だとする見方も非常に根強く日本人にはあり、そのためユダヤ人が多いといわれている郊外の住宅地には日本入も多く居往しているが、その一方で「あの学校区はユダヤ人が多く、金持ちで排他的」といった噂もしばしば耳にする。現実には少数派に属するほどの人数しかいない地域の場合でも、ユダヤ人の牛耳る地域になっていたりすることがある。米国社会を動かしている人達としてWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)もしばしば噂に登場ずるが、ユダヤ人に対するネガティブなイメージとはほど遠い。

キリスト教徒のユダヤ人観

確証されている歴史に見る限り、大陸からのユダヤ人の移住を迎えたことも共存したこともなく、実際にはほとんど接した経験もない日本人がユダヤ人に対して無意識のうちに抱いている先入観といったもの(ユダヤ人が危惧している)についてトケイヤー師は、キリスト教社会の観点から欧米文化を吸収していった日本の歴史、キリスト教徒のユダヤ人観が聖書を通してそのまま欧米文化とともに日本にもたらされたという事実にも要因があるのではないかとしておられた。ユダヤ人がキリストを殺したとするキリスト教徒と(イエス・キリストはもともとユダヤ人である)、キリストの死は当時のユダヤ王国を占領していたローマ人の責任とするユダヤ人とは二干年の昔からこのことで相対し続けてきた。

師はこの争いをともにアブラハムを父と仰ぐ兄弟たちの、肉親であるゆえにお互いを許しえない骨肉の争いのようなものであると例えられていたが、兄弟の一方であるキリスト教徒による他方のユダヤ教徒に対する想像を絶する追害や偏見の意味は、その例えをもってしても私にはよく分からない。ただ一つだけはっきりしていると思われるのは、その過去の歴史から日本人もまたユダヤ人をキリスト教徒の目でみてきた一面があり(例えば辞書に描かれているユダヤ人のイメージのように)そのために自分で見極めるぺき目を曇らせている面があるかも知れないということである。

お互いの誤解をとくために

「ジューイチ」という言葉にしても、ユダヤ人が嫌われた民族であるという先入観があれぱこその日本人の自称であり、けちや強欲、金待ち等というイメージも(もし持っているとすれば)与えられたものをそのまま信じているに過ぎない。もちろん実際にユダヤ人にも、けちな人も守銭奴的な人もいるだろう。しかし、それはユダヤ人だけの特徴ではないし、日本人にだってキリスト教徒にだってそういう人はざらにいる。あたりまえのことだが、ユダヤ人も普通の人間であって特定の集団ではない 。

日本での反ユダヤ的な本の広い売れ行きをユダヤ人が憂慮するのは不安定な社会情勢と反ユダヤ思想が常に結び付くことを彼らが過去の経験からよく知っているからである。講演会のあとの質問もそのことが大半を占めたが、私が特に驚き、気になったのは少数の作家たちによって(もちろん彼らの出版物を読む人が多いからではあるが)日本人全体の反ユダヤ思想が疑われたり、警戒されたりしている面があるらしいと言うことだった。トケイヤー師はユダヤ人が日本人を知らないように日本人も多くはユダヤ人について何も知らず反ユダヤ本の出版物がユダヤ思想の広がりに結びつくとは考えにくいと説明されていたが、私もそう思う。しかし例えそうだとしても自分たちの知らない所で相手に警戒心を起こさせている面があるらしいことは知っていただいた方がよいのではないかと思った次第である。

では遠い日本で他民族を誹謗し続ける作家に対して外国に住む我々に何が出来るか。幸いニョーヨークには周囲に実際のユダヤ人も多いことではあり、彼らとの密接な交流で日本の少数の作家たちが自分たちを代弁していないことを分からしめることではないかと思う。自分たちを誤解させないためにも断固そうした本を買わないと言う姿勢も必要だろう。彼らとの交流を深めればまた常に特定の集団として扱われことあるたびにスケープゴートとして、国家的なスケールであれ地域的なものであれ迫害の対象となった人たちが自分たちとまったく変わることのない普通の入たちであることにも気づくはずである。そしてこの普通の人たちがある持定の集団として、ある日を境に突然世界的中傷の矢面となり得る危険性は、貿易摩擦を起こしているとして欧米諸国から叩かれはじめている日本自身の問題であることにも思い当たるだろう。

これはアメリカで日本叩きが盛んとなりそれに呼応するように日本で反ユダヤ本が氾濫した1988年当時にニューヨークの日系新聞に発表したものです。オリジナルの原稿を少し修正しています。

参考図書:
「景教の研究」:芳成堂(1939年発行)
Fユダヤと日本一謎の古代史」、「ユダヤ知恵の宝石」:産業能率大学出版部
「FUGU PLAN』 :Paddington Press


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