エルサレムは、3千年以上前にダビデ王がここを都と定め、その息子ソロモンが第一神殿を建立して以来、現在も躍動を続ける町です。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地であり、数知れないほどの巡礼の人々の最終目的地であると同時にイスラエルの政治の要ともなっています。
旧市街(old city)は、4キロにわたる城壁で町を囲まれて名所旧跡がいたるところに散らばっており、まるで町全体が博物館のようです。城壁はトルコ支配下の1536年から1539年にかけて築かれたものだそうで、7つの門から出入りします。(アラブ地区に通じる門のひとつ、黄金門は現在閉じられています。) 内部はユダヤ、アラブ、アルメニア、キリスト教徒の4地区に分かれています。
1.旧市街
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旧市街(オールド・シティ)を囲む壁
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ダビデの塔
内部は博物館になっていてエルサレムの歴史が詳しく紹介されています。
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Ramparts-promenade
城壁には兵隊たちの見張りをした場所が残されていてここを歩くと壁の上から新旧市街をみることができます。
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ダマスカス門
アラブ地区に通じているダマスカス門は城壁にある7つの門のひとつ。
ヘブライ語で「コテル・アマラビ」と呼ばれる嘆きの壁は、全世界のユダヤ人の巡礼地です。普段は宗教とはほとんど無関係に過ごしているユダヤ人も壁の前に立つと感無量の思いがあるようで、泣きながら祈りをささげている人たちもいます。壁はビザンチン時代に住民がゴミ捨て場にしていたことからその名前がついたとされる糞門(Dung Gate) のすぐ近くにあります。左が男性、右が女性に分けられていて、ここでは夫婦といえど一緒に祈ることはできません。
オマールのモスク(Dome of the Rock)は、嘆きの壁のすぐ左上方に建っています。この一帯、モリア山はアブラハムが神のお告げにより息子イサックを犠牲に捧げようとして天使に制止された所で、ソロモンの神殿も、もともとここに建っていました。その後、687年回教徒によって「マホメットが孔雀の尾を持つ神馬とともに昇天した神聖な場所」としてここにモスクが建てられました 。
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嘆きの壁の上方にそびえるモスク
内部にはここからマホメットが昇天したとされる聖なる岩があります。モスク周辺はイスラム教徒以外には非公開になっていて普段は立ち入り禁止とのこと。この日はたまたま当局からの許可が出たそうで運良く私たちも近くまでいくことができました。ただし、中をみることは出来ませんでした。
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近くで見たドームとエル・アクサのモスク。
ドームの近くにあるエルアクサのモスクにはイスラム教徒の人たちがお祈りにつめかけていましたが当事者以外は立ち入り禁止です。
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城壁から見たモスク
城壁の周りを歩きながら、アラブクォーターからみたドームです。